何かを変えたいと思ったとき、多くの人はまず情報を集めます。それ自体は、とても真っ当な行動です。
今は、少し調べるだけで、体験談、成功例、失敗談、ノウハウが、いくらでも出てきます。
にもかかわらず、情報を集めれば集めるほど、かえって動けなくなる人がいる。
私自身も、その一人でした。
情報が足りないのではなく、多すぎる
動けない理由を考えると、「情報が足りないから」だと思いがちです。
でも実際には、情報が足りないのではなく、多すぎるというケースの方が圧倒的に多い。
- Aでは成功している
- Bでは失敗している
- Cはおすすめ
- Dはやめた方がいい
それぞれ、言っていることはもっともらしい。だからこそ、選べなくなります。
一番危険なのは「正解を探す」こと
情報収集で一番やってはいけないのは、最初から正解を探しに行くことです。
正解があると思って探すと、次のような状態に陥ります。
- 反対意見が気になって進めない
- 少数派の失敗談に引っ張られる
- 「もっと良い方法があるかも」と止まる
そして気づけば、情報を集めること自体が目的になってしまう。
これは、行動できない人の典型的なパターンです。
情報には、必ず「前提」がある
もう一つ大切なのは、すべての情報には前提条件があるということです。
- 書いた人の立場
- 置かれている環境
- タイミング
- 価値観
それらが違えば、同じ行動でも結果はまったく変わります。
にもかかわらず、私たちはつい、「この人がうまくいったなら、自分も」と、前提を無視して読み込んでしまう。
ここに、情報収集の落とし穴があります。
一人で集めた情報は、一人分にしかならない
ここで、一つ気づいたことがあります。
どれだけ時間をかけて情報を集めても、それを解釈しているのは、結局自分一人だということです。
つまり、次のようなバイアスから完全に逃れることはできません。
- 見たい情報だけを見る
- 都合よく解釈する
- 不安を強める方向に読む
これは能力の問題ではなく、人間の構造の問題です。
情報収集が、現状維持を強化することもある
皮肉なことに、情報収集はときに現状維持バイアスを強化します。
- リスクの情報ばかり目に入る
- 変えない理由がどんどん増える
- 「今はやめておこう」が合理的に見える
こうして、「ちゃんと考えた結果、何もしない」という結論にたどり着く。
でもそれは、本当に考えた結果でしょうか。
情報は、行動のためにある
本来、情報は行動の質を上げるためのものです。
- 迷いを減らす
- 視野を広げる
- 選択肢を整理する
それが逆に、迷いを増やし、視野を狭め、行動を止める方向に働いているなら、集め方を見直す必要があります。
私が意識するようになったこと
こうした経験から、私は情報収集の仕方を変えました。
集める前に、次のことを意識するようにしたのです。
- これは「判断材料」なのか
- それとも「不安を煽る情報」なのか
- 今の自分に本当に必要か
この問いを挟むだけで、情報に振り回されにくくなりました。
それでも、一人で考えるには限界がある
ただ、正直に言うと、このやり方にも限界があります。
どれだけ意識しても、自分の視点から完全に離れることはできません。
だからこそ、次に必要になるのは、
「自分とは違う視点」「第三者の視点」
なのだと感じるようになりました。
次に考えるべきこと
情報を集めること自体が問題なのではありません。問題なのは、次の設計がないまま、一人で抱え込んでしまうことです。
- どんな情報を
- どんな順番で
- どんな視点で見るか
では、自分一人では見えない部分を、どうやって補えばいいのか。

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