前回のおさらい
前回、教えることで自分の理解の浅さに気づき、学び直す必然性が生まれることを書きました。
教育者という立場は、負担ではなく、自分を成長させ続けるための、ありがたい環境だと。
今回は、その中でも特に重要な要素である「問われること」の価値について深掘りします。
後輩だけでなく、周りから投げかけられる「なぜ?」という問いが、どれほど自分の成長を加速させるか。
その本質について書いていきます。

「なぜ?」という問いの、本当の価値
経験を積むと、多くのことが「当たり前」になる
専門職として経験を積むと、多くのことが「当たり前」になります。
この症状なら、この検査。この所見なら、この処置。この状況なら、この判断。
パターン認識ができるようになり、スムーズに動けるようになる。これは、成長の証です。
でも同時に、危険でもあります。
「当たり前」は、思考を停止させる。
なぜそうするのか。他の選択肢はないのか。本当にこれがベストなのか。
こうした問いを、自分に投げかけなくなってしまう。
問われることで、思考が再起動する
ところが、周りから「なぜ?」と問われると、思考が再起動します。
「なぜこうするんですか?」
この一言で、自分の「当たり前」が揺さぶられる。
最初は戸惑います。「それは…普通はこうするから」「教科書にそう書いてあるから」
でも、そんな答えでは納得してもらえない。
そして、改めて考えることになります。
本当に、これがベストなのか?

問われることで、自分の「思考の癖」に気づく
無意識のパターン化
経験を積むと、判断が早くなります。
これは強みですが、同時に弱みでもあります。
パターンに当てはめて考えるため、例外的なケースを見逃すリスクがある。思考の柔軟性が失われる。
自分では気づいていませんでした。でも、問われることで見えてきました。
「先生、いつもこのパターンですよね。他の方法は考えないんですか?」
こうした指摘を受けて、初めて気づきます。
確かに、自分は無意識にパターン化していた。それが安全で効率的だと思い込んでいた。
でも、すべてのケースでそれが最適とは限らない。
「当たり前」を疑うことの大切さ
後輩や同僚からの「なぜ?」は、その思考の硬直化を防いでくれます。
「本当にこれでいいのか?」「他の方法はないのか?」
こうした問いを、定期的に投げかけられることで、自分の判断を見直す習慣がつきました。
問われることは、自分の思考をアップデートする機会なのです。
問われることで、視野が広がる
自分だけでは見えない視点
一人で考えていると、どうしても視野が狭くなります。
自分の経験、自分の知識、自分の価値観。その範囲内でしか考えられない。
でも、周りから問われることで、新しい視点が入ってきます。
「その方法、もっと効率的にできませんか?」「患者さんの負担は考えましたか?」「コストの面ではどうですか?」
こうした問いは、自分だけでは思いつかなかった視点です。
問いが、選択肢を広げる
問われることで、選択肢が広がります。
「こういう方法もあるのでは?」と提案されたとき、最初は違和感を覚えるかもしれません。
「それは標準的じゃない」「リスクがある」
でも、その提案を真剣に検討してみると、意外と合理的だったりする。
自分の「当たり前」が、実は一つの選択肢に過ぎなかったことに気づく。
問いが、思考の幅を広げてくれるのです。

問いは、「教える側」への贈り物
問われることの、ありがたさ
問われることは、当たり前ではありません。
問うには、勇気が要ります。「こんなこと聞いたら、バカだと思われないか」「忙しい人の時間を奪ってしまうのでは」
そうした不安を乗り越えて、問いかけてくれている。
その問いが、実は教える側にとって贈り物なのです。
なぜなら、問いは自分の思考の盲点を教えてくれるからです。
「分からない」と言ってくれる勇気
さらに言えば、「分からない」と正直に言ってくれることも、ありがたいことです。
分かったフリをされると、こちらは気づけません。本当は理解していないのに、「分かりました」と言われてしまうと、それ以上のフォローができない。
でも、「ここが分かりません」と言ってくれれば、説明を変えられます。別の角度から伝えられます。
そして、その過程で、自分の説明の仕方も改善されていきます。
「分からない」と言ってくれることは、教える側の成長を助けてくれるのです。
問いに答えることで、理解が深まる
説明するために、整理する
問われたとき、すぐに答えられないことがあります。
「なぜこうするんですか?」
頭の中では分かっているつもりでも、言葉にできない。
そのとき、自分の理解が曖昧だったことに気づきます。
そして、答えるために整理する。
なぜそうするのか。どんな根拠があるのか。他の選択肢と比べて、何が優れているのか。
この整理の過程で、自分の理解が深まっていきます。
問いが、知識を構造化する
問いに答え続けることで、知識が構造化されていきます。
バラバラだった知識が、体系的に繋がっていく。
「この知識は、ここに位置づけられる」「この判断は、こういう原則に基づいている」
問われることで、自分の中の知識体系が整理されていく。
問いは、学びを加速させるエンジンなのです。
問いに答えることで、コミュニケーション能力が磨かれる
人によって「響く説明」が違う
問いに答える中で、もう一つ気づいたことがあります。
それは、人によって「響く説明」が違うということです。
同じ内容を説明しても、理解する人としない人がいる。
それは、相手の能力の問題ではなく、説明の仕方が合っていないだけでした。
ある人には、理論的な説明が響く。別の人には、具体例が必要。
視覚的な図が分かりやすい人もいれば、言葉で説明した方が理解しやすい人もいる。
相手を観察し、最適な方法を探す
問いに答えることは、相手を観察し、理解し、最適な方法を探す作業です。
「この人には、どう伝えれば響くだろうか?」
この問いを繰り返すことで、コミュニケーション能力が磨かれていきました。
そして、この経験は、あらゆる場面で役立ちました。
患者さんへの説明、同僚との議論、上司への報告。
すべてに共通するのは、相手に合わせて伝え方を変えるということです。
問われることを、歓迎する姿勢
「いつでも質問していいよ」
周りに対して、私は常にこう伝えるようにしています。
「いつでもなんでも質問していいよ。分からないことは、遠慮なく聞いて」
そして、問われたときは、必ず時間を作ります。
忙しいときでも、「後で必ず答えるから、忘れてたらもう一回言って」と伝えます。
なぜなら、問いは自分を成長させてくれる機会だからです。
問いやすい環境を作る
問いやすい環境を作ることも、大切だと感じています。
問われたときに、面倒くさそうな顔をしない。「そんなことも知らないのか」という態度を取らない。
むしろ、「いい質問だね」と肯定する。
こうした姿勢を示すことで、周りは安心して問いかけられるようになります。
そして、問いが増えれば増えるほど、自分の学びも深まっていく。
問われることは、特権なのです。
まとめ:周りの「なぜ?」が、自分を成長させる
周りからの「なぜ?」は、自分の思考を揺さぶります。
当たり前を疑わせてくれる。盲点を教えてくれる。視野を広げてくれる。
そして、答える過程で、自分の理解が深まり、コミュニケーション能力が磨かれる。
問われることは、負担ではなく、成長の機会です。
もしあなたが今、周りから問いを受ける立場にいるなら、それを歓迎してください。
その問いが、あなたを成長させてくれます。
わからないことに対して知ったかぶりをせず、正直に「わからない」「一緒に調べてみよう」も大切です。

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